自己評価最低な私が「人生の成功者」になった話

コミュニケーション

こんにちは。

ラッキーでハッピーな槇田功、ピンクが世界で一番似合うマッキーです。

本日は本書をお読みいただきありがとうございます。

私の仕事は

本職が「開運カメラマン」

副業は「ハンドリフレのマッサージ師」

合間に「戸建て賃貸住宅のオーナー」

ホントは「超ラッキーなハッピーコーチ」

平日の「会社員」は趣味でやっています

と、ちょっといい加減な私は、いつも笑って悩むことも迷うこともなく、毎日を楽しく過ごすことが出来て、まさに「人生の成功者」です。

会いたい人に会い、やりたいことをして、笑いと感謝に包まれ、学びと実行でホントに素晴らしい人生です。

しかし、そんな私もほんの数年前には、死んだ魚のような目をしている冴えないオジサンでした。神経内科に通い、抗うつ剤と睡眠薬を処方してもらいながらも、夜中に起きては布団の上に座って深いため息。

トイレの鏡を見て、その冴えない自分の顔を見てさらに落ち込むこともありました。

しかし今では

私こそ「人生の成功者」とみんなの前で公言している始末です。

ホントに笑いが止まりませんわ()

なぜに、そんな変化が起きたのか。この数年の出来事をこれからお話させていただきます。これをお読みになって、毎日をラッキーでハッピーに過ごせるヒントになれば幸いです。

それでは、よろしくお願いいたします。

私は何も出来ない「会社員」

28才の時、私は結婚を機に生まれ故郷の栃木市に戻ってきました。

子供の頃から知り合いだった近所の社長からの声をかけもらい、始めた仕事はゴミの回収。

2トンのパッカー車1台を使って、大手スーパーのゴミを回収しゴミ処理工場に運搬する仕事です。

長靴を履いてゴム手袋をして生ゴミや可燃ゴミをパッカー車に積み込みして運搬。清掃工場でゴミを降ろしたら車の中を洗って、次は段ボールの積み込み。古紙業者の工場へ運搬。それが終わると今度は不燃ゴミを積んでというようにその繰り返しです。

当時、ゴミ回収の運搬手は募集をしても人気のない職種で応募する人もいなかったと思います。なのでゴミの回収業務をしているのは私ひとり。気楽だけど、替わりの人がいない状況が数年続きました。

その後数年が経ち環境とかリサイクルに世間の関心も高まり、廃棄物処理業が儲かることに気が付いた企業が参入するなど、人気の業種に変わっていきました。

あわせて会社の規模も最初は私一人でしたが、私が入社して20年が経つ頃には、トラックや運転手も増え産業廃棄物の中間処理場も設置して従業員の人数も50人近くになっていました。

するといつの間にか私も中間管理職になっていて、たくさんの運転手を教育して会社のために働いてもらわなければならない立場になっていたのです。

しかし私は、一緒に働いている運転手の欠点とか悪いところばかりに注目し、さらには会社のダメなところばかりが気になって

「このままじゃダメだ!」「なんとかしなくては・・・!」

という気持ちが膨らんでいきました。

いい加減な仕事ばかりする(と私が思っている)運転手と話をしても、(彼のためを思って言っているつもりでも)こちらが「あいつはダメなヤツ」と心の奥で思っているので、話がうまく伝わるはずもなく、状況や結果は悪くなるばかり。

なんとかしなくてはと思えば思うほど、状況は空回りするばかりでした。

やることなすこと全てが裏目。社内でもどんどん浮いた存在になっていきました。自分自身でも居場所がない感じで無力感に襲われ自信も無くし、かろうじて会社に出社は出来たものの自己否定と自己嫌悪で、もうこの会社に自分は必要ないと思うようになりました。

ある日、トイレに入って手を洗う時に正面の鏡をのぞき込むと暗くて冴えないオジサンの顔。それが私の顔でした。

でもその時、自分が見ても憂鬱になるような嫌な顔を、もしかしたら周囲の人にも見せているのかと思ったら

・・・・ゾッとした!

「このままではマズイ」「なんとかしなくては・・・」

「どん底からの大逆転」をした 酒井とし夫先生との出会い

そんなある日、目に入ったFacebookの投稿が、今は人気講師として活躍しているけど、ほんの数年前まで土方をしていたという

「ツルハシを持ったおっさんから人気講演講師になった男の物語」

https://ssl.middleage.jp/kouenkoushi/image/story.pdf

全治6ヶ月の大けがをして、無職無収入のどん底から這い上がったストーリーでした。

私はこの酒井とし夫さんに関心と興味を持ちました。

 この人は、どん底からこんな元気な笑顔で活躍出来るようになれたのに、俺にはなぜ出来ないのだろう?

その理由が知りたくて、なによりこの先生に会って今の状況から這い上がるヒントを掴みたい!

 会いたい!」

幸いにして「どん底からの大逆転」の主人公・酒井とし夫先生が都内で少人数のセミナーをするという告知があったので、すぐに申し込みをしました。

会場は東銀座のとあるビルの3階、セミナールームでした。

セミナー当日、私は地下鉄の東銀座駅を降り、私の最大の関心は「酒井とし夫先生」なので歌舞伎座を横目に、セミナールームへ向かいました。

ちょっとセミナー開始には早かったが、会場のレンタルルームへ入ると酒井先生が元気な笑顔で私を迎えてくれました。本物の酒井先生に会えて私はそれだけで感激でした。

セミナーは朝から夕方まで長時間のプログラム。ビジネスに必要なノウハウ、自己啓発、発声レッスンや人生相談もあり、なによりコーチングなるものを初めて体験しました。

その頃はコーチングについての知識はなにも無く「なにそれ?!」って感じでしたが、実際にコーチングを体験するとその威力にびっくりしました。衝撃でした。

その日酒井先生が私にしてくれたのは、椅子を使ってのポジションチェンジ。

私の尊敬する人(具体的には坂本竜馬)が目の前に現れて、私の正面の椅子に座わりその坂本竜馬に私が話しかけるのです。

その後一旦私は椅子から立ち上がり、向かいの椅子に座っている竜馬に入り込むようにその椅子に座る。すると今度は私が坂本竜馬になってさっきまで座っていて今は誰も座っていないけど今の私に話しかけるのです。

???・・・ですよね。でも確かに私は坂本龍馬からアドバイスを貰えた!という貴重な体験をしました。

そしてセミナーの最後には酒井先生から直接アドバイスもいただいた。

「マッキーは話している時に視線が下に向くことが多い。気持ち(心)と身体は繋がっているから気持ちが落ち込んでいる時はどうしても視線が下向きになるのよ。でも逆に考えれば身体から変えれば気持ちを変えることもできる。

つまり意識的に視線を上に向ければ気持ちも上向きになるからやってみればどう?」

私は素直に「そうかも知れない!」と思い、さっそく視線を上に向けることにしました。

翌日会社に出社して駐車場で車から降り、視線を上に向けると広い空が見えました。事務所の屋根の上には白い雲が浮かび、ちょっと晴れやかな気分です。

歩く時も少し視線を上に上げる。それだけで見える景色が違うのが分かり、気持ちがいい。それを習慣にしていきました。

合わせて酒井先生が習慣としている「笑顔の練習」

朝、洗面所の鏡の前で口角を上げて笑顔をつくる練習もしてみました。

最初は口角がなかなか上がらない。

酒井先生が写真のモデルをしている笑う練習の方法のテキストを参考に笑顔の練習を続けました。

この練習はのちに声を出して笑う練習に変わり、今では周りに誰もいないのを確認して一人で笑っています。(というか自然に笑って止まらなくなっています。)

ダイバーシティクラブと仲間たち

酒井先生との出会いから半年くらいして、酒井先生が「ダイバーシティクラブ」なるものを始めるという情報を目にしました。

見学だけでもOKということで試しに参加させてもらうと、そこに集まっているのはとても立派な経営者やビジネスマン。洗練された個人事業主の方々。

「こりゃ~とても私が付いていけるレベルじゃないわ~」と一瞬思いましたが

この日、酒井先生から聞いた<バタフライ効果>という話を思い返しました。

<バタフライ効果>とは、ブラジルで小さな蝶が羽ばたいたことで気圧が変化し、遠いテキサスで竜巻を起こすきっかけになるかも知れないという説。

つまり物事のはじまりはとても小さなことから始まるという比喩だと思うのですが、

人生を大きく変えるキッカケも最初は小さなアクションでいい。

小さなアクションは、スマホのダイバーシティクラブ申し込みフォームから参加のボタンを押すだけ!

その小さなアクションが先々大きな変化になるかも知れない・・・

私はボタンを押そうか押すまいか、迷いに迷って、最後は目をつぶって小さな声で「えいっ」と言いながら、申し込みのボタンを押しました。

その結果・・・、

私の人生は大きく変わっていきました。

毎月、酒井先生と参加している会員さんたちに受け入れてもらっている受容感。楽しい雰囲気と多様性あふれる人間力。講師の先生方から学ぶ具体的なビジネスのスキル。毎月の第2土曜日が私の心を満たしていったのです。

少しずつ自信を取り戻し、チャレンジする勇気も湧いてきました。

さらにセミナーの様子を私の得意なカメラで撮影して、ウェブアルバムにしてシェアするとみなさんがとても喜んでくれ、仲間からマッキーの写真はみんなを幸せにするから「開運カメラマンだね」と言ってもらえました。

これが「開運カメラマン」の誕生です。

コーチングを学ぶ(チームフローで学ぶ)

同じ頃並行して、酒井先生に受けた衝撃からコーチングに関心を持った私は、YouTubeで宮越大樹さんのコーチング動画を見つけ、平本あきおさんの「チームフロー」に出会いました。

「チームフロー」主催のセミナーに参加し、当時毎月1回のペースで行われていた平本塾に1年間通いました。宮越大樹さんの動画は13本くらいのペースで視聴し、コーチングを学んでいきました。

ダイバーシティクラブのメンバーにもコーチングに付き合ってもらい、コーチとしての視点・考え方・マインドを身に付けていきました。

平本あきおさんのコーチングライブでの気付き

ダイバーシティクラブやチームフローで学んでいても、消えなかったのは「自分が勤めている会社をなんとかしなくては」という使命感からくる不安と焦燥感。どうしても晴れない気分が残っています。

ある時、平本あきおさんのコーチングライブというイベントに参加。参加者の前でコーチングしてもらうクライアント役にエントリーすると見事に当選しました。平本あきおさんに直接コーチングしてもらう機会を得たのです。

平本さんの問いかけに答えること数分。あれっ!と気が付いたことがありました。それは

「俺ってこの会社をなんとかするために生まれてきたのか?いや、それも大切かも知れんがそれだけじゃない。ていうか、そんなのどうでもよくねえ?」

会社を良く「しなくてはならない」と思い込んで、それ以外の選択肢がなかったこと。それが自分を苦しめてきた感じがしました。選択肢は一つじゃなくそれ以外にもあるってこと、そんな自由な気持ちになれた時、ようやく自分の人生を取り戻せた気持ちになれました。

極端な話、仕事なんてやってもやらなくてもいい。どっちでもいいけど、やりたいからやっているだけ。

私が自己紹介の時「趣味で会社員もやってます」というのはそんなところからきています。

「人生の成功者」になるのもカンタンよ!

今まで重荷になっていた意識(ねばならない)から自由になった私は、会社の中でも変わっていきました。

「部下である運転手や従業員を変えてやろう」なんて思うのは愚の骨頂だと心から思うようになりました。

運転手の欠点ばかりを探して、会社の足りないところばかりに注目して、結局私は勝手に心を病んでいたのです。

同時に自分自身に対しても出来ないことばかりに注目し自分を責めることを止めました。出来ないところではなく私にだって出来ていることもある。例えば事務所の入り口のスリッパを揃えることは出来るじゃないか!そう、スリッパを揃えることなら私にも出来る。出来ているじゃないか!と気付いたのです。

マインドが変わることで見える景色が変わったわけです。

すると他にも出来ていたことがあることに気が付きました。あれもこれも他の人がなかなか出来ないこともけっこうやっていたことがあることにようやく気が付いたのです。

そうなると不思議なことに他人に対しても見方が変わってきます。

運転手に対しても「出来ないこと」でなく、「出来ていること」「してもらっていること」に注目関心が向き始め、例えば朝早くに出勤してくれている事実に「なんと有難いことなんだ!」と手を合わせて感謝する気持ちまで湧いてきました。

そうすると自分に対しても他人に対しても肯定的ですべてを受け入れることができ、前向きに毎日を過ごすことができるようになります。

以後はさらに学びをすすめ、それを実践していくだけでドンドン人生は楽しくなるばかり。ホント笑いが止まりません。

そしてとうとう私は「人生の成功者だ!」と公言する始末。

今思うと冴えない顔をしていた頃も、たいした人生のどん底ではなかったと思います。

しかしあの程度の体験からでもこんな大切なことを学べたことも有り難いことです。

どんな小さな悩みからも大きな学びを得ることは出来ます。

人生を変えるようなきっかけになります。

人生の成功者にだって必ずなれます。

ラッキーでハッピーなマッキーに会いましょう。

ラッキーでハッピーなマッキーと話をしましょう。

そして

ラッキーでハッピーなマッキーに癒やされてください。

ラッキーでハッピーなマッキーと撮影体験をしてください。

きっとあなたの毎日がラッキーでハッピーな人生に変わっていくでしょう❣

お母さんの笑顔は家庭の太陽です。

働く女性の笑顔は会社の光です。

地域で活躍する女性の笑顔は世の中を明るくします。

そんな女性たちのサポートをするのが

ラッキーでハッピーなマッキーの喜びです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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